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7月, 2022の投稿を表示しています

学校長だより令和4年6月から、各班の現役生の活躍紹介とOBの紹介。NHK長野放送局の山田アナウンサーが・・・。

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 男子団体は30年ぶりのインターハイですが、30年前のメンバーの一人がNHK長野放送局の山田アナウンサーだったとは知りませんでした。 学校長だよりに記されています。長野高校のホームページからご覧ください。

R4.7.28NHKのイブニング信州で報道されました。長野高校弓道班団体、男女ともに高校総体へ

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 7月28日(木)夕方6:10からのNHKイブニング信州で長野高校弓道班が団体で男女共にインターハイへ出場することが放映されました。 出場選手全員の一人ひとり射る姿がアップでテレビに映りました。 山田康弘アナウンサーのツイッターで冒頭の雰囲気を見ることができますのでどうぞ。 https://twitter.com/nhk_nagano/status/1552646610278129664       です。 映像については、「長野高校弓道班の歩み」のCD版で見れるように準備したいと思います。 それから32回生の皆さんへ。1979年度卒業した私たちが記念に残した(寄贈した) 記録机がまだ大事に43年の年を経て使われています。それがこの画像です。 驚きと共に、何か嬉しさと懐かしさと胸を打つものがこみ上げてきます。 机の表面はコーティングも剥げて画面のように擦れていますが使われています。 使ってくれた後輩の皆さん、ありがとうございました。

徳島で実施されるインターハイ(弓道)がネットで生配信されます。

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 8月6日から実施されますインターハイの競技ですが、全国高等学校体育連盟弓道専門部の ホームページから映像が見られます。 https://kyudo-zenkoku.com   です。 ご覧ください。 「千射万箭悉皆新(せんしゃばんせんことごとくみなあらた)」 「千射万箭悉皆新」とは、全日本弓道連盟初代会長・宇野要三郎範士による「弓を引くにあたっては、千本、万本の矢を射る場合でも、今射ようとする矢をおろそかにせず、新たな気持ちで真剣に射らねばならない」という弓道の教えであり、そこから転じて「一つ一つの物事に対し、全力で臨むことが肝要である」という意味で使われるようになった言葉です。 弓道という競技は必ずしも実力が練習量に比例せず、いたずらに矢数をかけたところでは射癖がつくばかりで上達は見込めません。中りに驕り漫然と稽古をするのではなく、自身の射に欠けているものは何か、それを克服するにはどうすればいいかを一射毎に真剣に考え、焦らず、腐らず、諦めず、正射を追究する。 このことこそが弓道の最高目標の一つである「真」の探求であり、正しい修練の在り方です。そして、このようなひたむきな姿勢は、勉学や芸術といった弓道以外の『道』にも活き、射手の人生をより深く、豊かなものにしてくれると信じています。   九州大学医学部弓道部のブログが最も優れていたので、紹介させていただきました。

「学校長だより」から。カンパが届けられました。

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 「学校長だより」2022年7月。高校のホームページに学校長だよりがあります。 その記事です。現役の後輩たちの活躍を喜び、先輩が自主的にカンパをしています。 このほかにも、カンパが届けられているようです。

インターハイ出場に伴うカンパのお願い。

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 現在の弓道班顧問からインターハイ出場に伴うカンパの依頼がありました。 お気持ちで結構ですので、後輩にカンパをお願いします。 アベック優勝なんて、この先あるかないかの快挙だと思いませんか。

数年前の記録から。

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 数年前の班員も頑張っていました。その時その時に実力を発揮できたりできなかったり。 成績だけではなく、ひたむきに取り組んだあの輝かしい日々は何にも代えがたいものだと 思います。年を取ると、あの高校時代が無性に懐かしいものです。

27回生~35回生(昭和49年~57年)ぐらいの時期の記録。ご確認ください。

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 自分の年代の前後の数年間の記録です。 まだ、正確かどうか確認はしていませんがご覧ください。

長高新聞から、胎動期の記録。1959年昭和34年1月城山の弓道場で練習スタート。初代弓道場、2代目弓道場の場所は?

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 長高新聞から弓道班に関する記事を探して抜書きしました。 初めて知った事実の数々。 今は3代目の立派な弓道場で64年目の歴史を築いています。 当時の記録をお読みください。  なお、少しつ記録の確認作業を行っています。新聞には書かれていない事実を、ツイッターかメールでお寄せ下さい。

教本から思い出しましょう。高校時代だけ弓道に取り組んだ人が大半だと思いますが、記憶をたどってください。

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 教本、教科書から当時の記憶を思い出してください。

2022年夏、同窓会の案内通知。新型コロナウイルス対応のため同窓会は中止しました。

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5年ぶりに同窓会を開催しようと思いましたが、大勢の学年を超えた開催は断念しました。 それぞれの学年で検討してください。 32回生は8月14日に開催しています。              最終的に、開催は断念しました。  

高校1年生、当時の私です。先輩が指導していた時は、素直な射形だったと思います。

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 弓道は自己流ではうまくなりません。 教本には正しい射を覚えれば必ず的中すると書かれています。 ひねくれた性格では伸びないものだと思います。 やっぱり、指導者は大事です。

昼休みはトランプに興じました。下駄ばきにサンダル。暑い日には・・・。

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 昼休みは班室で過ごしました。野球をやったり、トランプをしたり。 トランプは、だいたい大貧民かナポレオンでした。 小テストの準備や宿題の確認をした記憶は、ほとんどありません。 できる人はできたようで、頭のいい人にはかなわないと知りました。 格好も自由でした。

2代目の弓道場の中の様子です。神棚と記録机があります。ロッカーは古いものでした。

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神棚は31回生が贈呈してくれました。 32回生は新しい記録机を卒業記念に贈りました。  

A班長、正座中に居眠りですか。長ーーーーい です。A先輩、変な所触らないでください。

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写真は当時1979年度の弓道場での正座中のものです。 時々、A班長は瞑想にふけり、時間を超越した世界へ一人赴きます。 時々ですけど。たまにですけど。 当時は、先輩が後輩に技術を教える方式で、先生方が何か指導することは ありませんでした。 他校は先生が教えていたようですが、長野高校は生徒がしっかりしているので 先輩が指導にあたり、お互いで高めあっていました。 ただ、経験が少ないため、どうしても技術的には美しくない射形で、それを 集中力で補っていたような気がします。

偉大なワルいユニークな先輩方。

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 個性の強い2つ上の先輩方。中でも3名が変でした。 ここにはそのうちの2名がいます。白い服の方々です。 しっかりとしたお手本となる先輩もいました。紺の服の先輩です。 32連中でしたっけ。伝説の。28でしたっけ。高校生でこの数字は歴代でトップでは ないでしょうか。後輩の皆さんでもっと上の記録があれば連絡してください。

32回生の素晴らしき仲間たち。文武両道のイケてるメンバーだったと思います。

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 32回生は14名、県大会では準優勝。先輩方の指導の賜物と感謝しております。 班室前の広場で野球をやったり、大貧民で盛り上がったり、思い出深い高校生活だったと思います。 土曜日の6キロマラソンや鉄棒での持久力我慢比べなど、先輩方のユニークな鍛錬に耐えました。 あれから40年以上たちましたが、皆それぞれがそれなりの進路を歩んできたと思います。 下の2枚はA班長が撮っているので、いないのですね。

1979年度、32回生33回生34回生の集合写真です。この代から女性班員が定着しました。

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 32回生33回生の代は女性班員がいませんでした。 なかなか女性の方と一緒に練習ができるのかな、5人もそろうかなという不安で 特に積極的な勧誘は自分が1年生2年生の頃は、しなかったような気がします。 でも、3年生となり自分たちが最上級生になった時には、当時元気だった剣道班に 対抗して弓道班にも女性を勧誘したいという気持ちになっていました。 そんな時に、一人の強い意志を持った1年生の女子が「私、弓道班に入って弓道を します。」と宣言して入部し、ほかにもやりたいという数名がそろって入ってくれました。 初代の4名も凄いと思いますが、彼女たちがずっと続く礎を築いてくれました。 可愛い後輩達です。 2枚目には当時の顧問の田川先生も2列目右端に写っていらっしゃいます。

初代女性班員4名を紹介します。1978年度の集合写真、31回生32回生33回生。

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 この4名が時代を切り開いた初代の女性班員です。 4名で5名の他校のチームに負けないように奮闘努力していました。 初代ということで、いろいろなご苦労があったことと思います。 逞しくも優しいお姉さま方です。31回生は特に仲間のつながりが強く、今回の現役生の 旅費カンパでも31回生一同として多くのカンパをしたようです。

長野県高体連「弓道専門部」のホームページ紹介

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 2022年長野高校弓道班の快挙を確認したい場合は、こちらからご覧ください。 http://kyudo.ngn-hssp.org/   トップページの栄光の記録  長野県総合体育大会  をクリックしてください。 2022年は、長野高校が男女共に1位優勝です。 4年の記録 をクリックすると、県大会の成績が克明に記録されています。 特に凄いのは、女子団体の1の立ちの彼女です。 予選、決勝リーグと20射20中です。私はこのような記録を見るのは初めてです。 あっぱれ!を3つあげたいと思います。

1977年度、30回生31回生32回生の集合写真。2代目弓道場建物前で。

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 私のアオハルを象徴する記念の1枚です。 青春時代がここからスタートしました。偉大な先輩方が写っています。 下駄ばきが似合っていました。文庫本をジーパンのポケットに忍ばせて読んでいました。 ひょうたんにお米のジュース?を入れてたしなんでいました。 みんないい表情をしています 。 2代目弓道場で、教員宿舎の建物を改築して弓道場としました。昔のプールの西側にありました。今のグランドの北西隅にありました。

2012年同窓会の写真その2

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 30回生、偉大な先輩、古き良き時代の先輩、バンカラ、下駄ばきと文庫本。 31回生、女性班員初代の歴史を築いた年代。4名の女性班員が偉大。学年のまとまりが強い。 32回生、上の偉大な先輩方に鍛えられた学年。文武両道的なバランスの良い学年かな。 33回生、近すぎてよくわからないけれどユニークなメンバーのいる頑張った学年。 34回生、女性班員定着の基礎を築いた可愛い後輩たちの学年。 どの時代をとっても、1つ下よりも2つ下の学年は可愛いものだと思います。